時空自在

タンジールから中国へ・そして帰還

『闇の奥』解題

いわずとしれたコンラッド著『闇の奥』を分析批評します。 【論点提起】 19世紀末(20世紀初頭)に書かれた本作はニーチェら「生の哲学」の影響を色濃く受けていると思われ、世紀末的時代の頽廃的雰囲気を漂わせている。(『闇の奥』の出版は1902年。コンラ…

『誉れの剣』解題

イーブリン・ウォー著『誉れの剣』を読んだ。 最近他でも続いている、日本語に訳されていなかった大型名作の待望の翻訳である。 (白水社版・小山太一訳) まず著者について。1903年生まれ1966年没。自らが所属したイギリス上流階級の描写を得意とし、また離…

『虎よ、虎よ!』のイカれぐあい

古典SFにハマっていて、アルフレッド・ベスターによる1956年作『虎よ、虎よ!』を読んだ。テレポーテーションとかテレパシーとか何やらなつかしい。文庫のカバー画が秀逸。 読み物としてはメチャ面白い。 一方で、主人公の行動原理は理解出来るが共感出来な…

『サラゴサ手稿』所感

『サラゴサ手稿』(ポトツキ作・岩波文庫)読んだ。上巻はめっちゃ濃い怪異譚だが、中巻は支配欲と愛情の葛藤だったり善悪の転倒が物語られていく。また下巻では、啓蒙時代を背景に、神と科学の関係やイスラム教の中でも虐げられてきたシーア派の内情が描か…

ソラリスについて(スタニスワフ・レムとタルコフスキー)

タルコフスキーの『惑星ソラリス』を観たのは高校生の時だっただろうか。未来都市のロケに70年代初頭の首都高速が使われていた。『ブレードランナー』が東京の混沌をモチーフとしたのと、どこか似ている。 原作の小説『ソラリスの陽のもとに』(スタニスワフ…

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』についての小説技法的紹介

私達世代ではハマった人の多い映画『ブレードランナー』の原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(フィリップ・K・ディック原作)を今更ながら読んだ。 いろいろ感想を書きたくなったがマニアックに書き込む時間がないので、以下簡単に小説で用いられ…

『ナビレラ』に見る韓国の圧縮された近代

『ナビレラ』は2021年に韓国で制作されたドラマ。原作はHUNによるウェブ漫画で、ドラマでは主人公の老人ドクチュルをパク・イナンが、副人物の若きバレエダンサー、チェロクをソン・ガンが演じている。安定した老後を送るはずの老人男性がバレエダンサーを夢…

読書感想文『恥辱』

最近はまっているクッツェー。 直近では『恥辱』(鴻巣友季子訳・早川書房)を読んだ。 カフカ的な転落をモチーフにしているが、カフカのような形而上学的な不条理でなく、リアルなアカデミズム内部のハラスメントやアパルトヘイト撤廃という現代社会が抱え…

『日本の弓術』 全体主義の時代のオリエンタリズム

『日本の弓術』(オイゲン・ヘリゲル著) 戦前、日本人弓術家の薫陶を受けたドイツ人哲学者が没我の境地に至るまでを簡潔に綴った書。 著者ヘリゲルは戦後非ナチ化法廷で「消極的な同調者」との判決を受けている。 日本に滞在していた時、弓術を通じて感動的…

見えざる者たちへの忠誠-クッツェー著『エリザベス・コステロ』

クッツェー著『エリザベス・コステロ』 エリザベス・コステロなる架空の女流作家がノーベル賞作家クッツェーの分身のような語り部である事の詳細は、くだくだしければ略す。興味を持たれたら本書を一読されたい。 本書では、まず邦訳では4章にあたる「悪の問…

ハーバード・スペンサー ファンダメンタルな自由思想

ハーバード・スペンサーを読んでいる。 スペンサーは19世紀イギリスの哲学者で、一般的には社会ダーヴィニズムの提唱者として知られる。ダーウィンの進化論のアナロジーを展開している箇所は本書には見当たらないが。それよりも、小さな政府を主張し、個人が…

22世紀の本土決戦 ①逡巡

22世紀、人間が人間を攻撃する戦争は禁止されたが、替わりにドローンや無人機械が都市や家屋を破壊する事で人間を殺したので、人類の覇権争いの手段としての戦争は無くならなかった。 上空で核分裂を人為的に起こす行為も禁止されなかったので、過去先進国と…

身辺雑記 自由・旅・拡張性について

通勤用のママチャリをアップグレードしたくて専門店に行った。 カゴがでかくてお洒落なクロスバイクもどきをイメージしていたが、そこでグラベルロードの実物を見てしまった。 グラベルロードとは、ロードバイクのタイヤを太くしたもので、林道に入れるしキ…

冷笑系の起源~加藤典洋『言語表現法講義』批判

加藤典洋『言語表現法講義』は1987年から9年間に渉る、氏の明治学院大学での講義をまとめた書である。 本稿では本書の「第六回」の、多少なりとも社会、歴史に触れた部分に限って批判的に言及する。それ以外の、文章作法について述べている本論は全て感動を…

戦争文学としての『チェリー』

ニコ・ウォーカー『チェリー』、主人公がイラク戦争から生還したところまで読んだので、おこがましいが戦争文学としての所感をつらつら書きたい。 『チェリー』のイラク戦争の記述は桑島節朗『華北戦記』と似ている。イラクと華北、どちらも非対称戦争つまり…

日本人の想像力(ゲルニカ・重慶・東京・シリア~大空襲の日に寄せて)

3月10日、東京大空襲の日が近づいています。今年は75年目です。1945年3月10日未明、東京の下町の住宅地を標的に数百のB29が襲来し、密集する木造の日本家屋に焼夷弾を投下しました。一晩で10万人が主に焼死しました。罹災した人々の中には私の曾祖母もいます…

誰にも似ていない私について

【1】 いつの間にか、ほかの誰にも似ていない人間になった。 同世代男性と比較すると、猶更である。しかし、借り物でない言葉を発する事が出来るようになるまで、どれくらいの時間が必要だっただろうか。 そして、多くの人が望むものを手に入れる事が出来ず…

韓国ダークツアー③ 光州

(承前) 次の日の朝早く済州から光州に空路移動した。 1980年光州抗争。始まった日付を以て「5・18民主化運動」と呼ばれる。 当時、私は中学二年。隣国から届く突然のニュースに驚き、それがどういう事なのか理解する事に苦しんだ。当時愛聴していたTBSラジ…

韓国ダークツアー②

悪天候のため1日遅れで済州島に到着した。 空は曇り、丘陵部では霧が立ち込めるほどだった。 昼過ぎに済州に着き、午後遅く済州4.3平和公園に行った。 丘の上のとても広い敷地に、1948年4月3日済州事件の数万人と言われる犠牲者を弔うメモリアルパークがある…

韓国ダークツアー①

4/9から三泊四日で韓国に行ってきた。 目的地は済州島および光州。なぜその地なのか、は追って本文を読んでいただきたい。 成田はこんなに晴れていた。 搭乗機が何と私が20歳の時、初めて海外に行った時に乗ったボーイング747。飛行機オタクではないのだが少…

平成の終り③

【人口減少】 私は、経済的凋落の根本要因は人口減少だと考えている。 下記リンクを一読されたい。 https://toyokeizai.net/articles/-/218313 結論を言うと、今後50年から100年のスパンで1,000万人単位の移民を受け入れていかなければこの社会は崩壊する。 …

平成の終り②

(承前) 【日本の経済的地位の相対的低下】 日本のGDPが中国に抜かれたのは2010年。現在では中国のGDPは日本の約2倍である。2050年には中国のGDPはアメリカを抜いて世界最大となり、日本の約7倍になっているといわれる。 また、1980年代~90年代にかけて世…

平成の終わり

平成、それは確かにエポックメイキングな時代だった、ディストピアへの転落という意味において… 前回「平成最後の夏に」というタイトルでブログを書いたのは昨年の8月も終わりの頃だった。 一つの時代の節目を振り返ってみようと気楽な気持ちで書き始めたが…

町田総合高校と忠生中事件

私は町田で育ちました。 出来れば町田総合高校の生徒達、先生方、親御さんたちに読んでもらいたいと思ってこれを書いています。 町総生は当然忠生中は知っているよね? ツイッターのハッシュタグ #都立町田総合高校 は殴られた生徒を批判する書込が多いけど…

正拳

空手修行者の座右の銘として「握り方三年・立ち方三年・突き方三年」という言葉がある。 最も基本的な事を極めるのにこそ長い年月がかかる事を示唆した諌言だ。 これは、空手を始めて間もない者にとって、時として壁の様に立ちはだかる、空手習得の過程が厳…

平成最後の夏に(奇妙な果実)

8月も終わろうとしている。 今年の夏は暑かったですね。 きっと、「災害級の暑さ」として記憶される2018年の夏だが、私は太陽に焼かれながら晴天の青さに歓喜していました。 そういえば今年は「平成最後の夏」だ。来年の皇室代替わりに向けて、世間では「平…

シリア内戦の終らせ方

アメリアのアサド軍事基地攻撃によってシリア内戦のページがまた一つめくられた。シリア内戦が悲劇的様相を深めている第一の要因はアサドの強権政治(およびロシアの強力な支援)にあるが、もう一つの要因は国連安保理の機能不全である。アメリカの今回の攻…

アメリカの軍事介入はシリアを地獄から救うか?

アメリカがいよいよアサド政府へ攻撃を開始する見通しです。この攻撃は去年4月にそうだったように軍事基地をピンポイントで狙った限定的なもので終るでしょうか。それとも、レッドラインを越えたアサド体制を崩壊に追い込むほどの、新たな戦争と呼べる規模の…

私的・情報の読み方

いわゆる「投射型思考」の問題 「投射型思考」 ぐぐっても出てこないが私の造語ではない。黒田寛一の造語である。どういうことか? 人間はある思い込みが形成されると、その思い込みを現実に当てはめようとする。事実から出発して思考するのでなく、観念から…

安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから

私は「安らかにお眠りください。過ちは繰り返しませぬから」という原爆慰霊碑に刻まれた言葉は、被爆国国民としても、一人の人間としても尊いものだと思う。 かって慰霊碑の正面に立った時は感動で身体が震えたものだ。人類の共通の財産とはこういう事なんだ…