「豊かさのパラドックス」という考え方がある。現代、生産力の向上に比例して人間の欲求も増大した。そして一方、物質的満足、利便性が満たされた社会では人々は精神的な欠乏感を募らせているというのである。ではこの現代社会で欠落感を満たす空間ははたして存在するのか?その答えこそ私が訪れた久賀島だ。

人のいないところに行きたかった。久賀島は五島列島で3番目の面積ながら人口が230人。島の面積37.24k㎡は江東区の面積とほぼ同じであり、まあまあ広い。そこに住むのが230人(ちなみに江東区は54万人)とは、一体どのようなところなのだろうか。
久賀島に行く手段は限られている。五島列島最大の島である福江島との間を〈シーガル〉(定員30名ほどの渡し船。船底はグラスボートになっている)が3往復、フェリーが2往復。
【2025年11月18日】

早朝羽田を発って長崎から船で福江島、夕方最終のシーガルで久賀島に渡った。福江港から久賀島の「玄関」田ノ浦まで20分。すでに初冬、波が高くモーターボートに毛が生えたくらいのシーガルは激しくピッチングする。この便には未就学児とおぼしき小さな子供が付き添いらしきおばさんとともに5人ほど乗っていた。どうやら地元の子供らしいが、なぜこの時間に親もおらずにこの船に乗っているのか?この謎はやがて解けることになる。
シーガルは田ノ浦港についた。ところが港といっても短い桟橋が1本あるだけではないか。来島者を出迎えるようなものは何もない。寒さのせいか「荒涼」という言葉が当てはまる。

そこから島の中心部の久賀まで、久賀島レンタカー(久賀島タクシーと同じ運営)のお兄さんに送ってもらう。軽自動車をレンタルしていざ民宿へ。…なのだが、民宿への直線路は道路が狭小で通行困難なので迂回した方がいいと言う。迂回といっても私の携帯の電波は微弱でGoogle mapは使えず、観光用のラフな地図では詳しい道はわからない。結局、お兄さんに先導してもらうことになった。道のりのラスト、山沿いの道から入江に面した民宿まで狭い道を急降下するのだが、急斜面のためダイブしているような錯覚にとらわれる。島の道はすべてこんな感じなのか?不安がよぎる。

さて民宿〈深浦荘〉。湖のように静かな内海の久賀湾に面してポツンと一軒建っている。すでに夕暮れていて侘しい。不安を拭えないまま宿の扉を開ける。おばちゃんに迎えられ四畳半の和室へ。宿は外装も内装のキレイにリフォームされており。意外にもというと申し訳ないがとても清潔だった。夕食は厚切りの鯛の刺身、これまた厚切りの黒毛和牛(五島牛)という大変なご馳走だった。何でも宿のご主人が若い頃本土でかなり腕利きの板前だったらしい。島旅の常として、魚介の美味しさは抜群。ちょっとでも興味をもった人は、深浦荘の夕食目当てだけでいいから久賀島を訪れてみたらよい。

【11月19日】
翌朝、すんなり目覚めた。出がけ、宿のおばちゃんに話を聞く。民宿は「しま留学」の受け入れ先になっていて4人の小中学生がホームステイしているらしい。どうりで夜、子供たちの声が騒がしかったわけだ。遠くは北海道、長野から来ているというから驚き。
さて福浦荘と別れをつげて久賀経由五輪集落を目指す。馬蹄形の久賀湾に沿って進むと悪路にはまるのは事前情報でわかっていたのに分岐を見落として悪路を恐る恐る進むことになった。軽一台の車幅しかなく、崖側にガードレールはない。脱輪したら終わり。対向車が来ても終わり。冷や汗をかきながらどうにか久賀集落にたどりつく。

以下、訪れた順に画像で紹介していきたい。
折紙神社

旧藤原亭(観光交流拠点センター)
島で唯一、観光客に昼食を提供している(要予約)。


旧五輪教会と五輪港




栄健寺
観光マップにのっているが所在地の福見集落は廃屋しかなかった。お寺も入口は蜘蛛の巣で塞がれていて…。

牢屋の窄
明治初年の「五島崩れ」が始まった場所。明治初期の弾圧の方が江戸末期より苛烈だったらしい。ここでは子供を含む三十名以上が殉教した。


五島牛
島で成立している数少ない産業。

亀河原椿原生林
ここも狭い車道が途中で落石や樹木で塞がれており、車は五島牛の牛舎手前で停めて10分ほど歩く。

旧五輪教会では管理人さんがいろいろ話してくれた。
・島人口は公称230人だが島外のホームに入ってる人もいるのでもっと少ない。
・島の小学生は1人。そして県外から不登校気味の子供などをしま留学で受け入れて合わせて13名。この制度面白い。
・生き残れる産業は五島牛、海老の養殖、一つある漁船団、民宿。
・漁村は網を共同で曳くため員数4人切ると限界。旧教会がある五島集落は現在2人(ただし猫6匹)。
・島民の幼児は5名いて、福江島の保育園に通っている。昨日船で一緒だった子達はこれだった。
・奈留島から旧五輪教会へツアー客を運ぶ海上タクシーは舟の老朽化のため来年廃業。ここはぜひ行政の支援が望まれる。
・島全体が世界遺産。それを守るためには持続可能な産業の育成が望まれる。

ところで久賀島は水耕可能(五島列島で水耕可能なのは久賀島と福江島だけ)なのになぜあれだけ人口が少ないのだろうか。最盛期4.000人だったとされる人口がここまで減少したのはどうしてだろうか。19世紀の隠れキリシタン移住以後増加した人口は1960年頃から減少に転じている。それにしても減り方が急すぎないか。
久賀島には福江島や伊豆七島のような観光地の痕跡がない。渚はあるが海水浴場になっていない。道路網は張り巡らされているが軽トラ以外は乗り入れられない道が多い。港には桟橋と無人待合所があるだけで外部の人間を受け入れる場になっていない。第一次産業を営む島民の生活圏として完結している。
そのような環境下、日本の経済成長と期を一にして次世代が流出し続けたものと思われる。現在、島は居住世帯と同じくらい廃屋があり、観光資源ですら一部は廃道をかき分けてでなければ行けない。これは数奇者の来島者には堪らない魅力だが、島はこのまま無人島になるのだろうか。
一方で「普通の観光地」になって欲しくないとも思う。島民が観光地化に興味を示さなかったおかげで島全体が奇跡のような原風景を保っている。都会人に媚びない、魂が震えるような土地のオーラを感じる。
山間部の林道はモトクロスやマウンテンバイクの愛好者には堪らないだろう。釣りスポットは無数にある。廃屋マニアは舌なめずりするだろう。そういう数奇者が島の存在に気づき、やがて島を愛するあまり移住するようになってはくれないか。あまりに自分勝手な妄想だが。
「豊かさのパラドクス」によれば人は物質的に豊かになればなるほど、かえって幸福度が減少するという。そう、金銭欲や物質欲は上を見ればきりがなく、常に他人との比較で不安になるからだ。
久賀島にはそのような不安がない。豊かな海。穏やかな人々。そう、ここはミニマリストの王国なのである。




















































