時空自在

タンジールから中国へ・そして帰還

『サラゴサ手稿』所感

サラゴサ手稿』(ポトツキ作・岩波文庫)読んだ。上巻はめっちゃ濃い怪異譚だが、中巻は支配欲と愛情の葛藤だったり善悪の転倒が物語られていく。また下巻では、啓蒙時代を背景に、神と科学の関係やイスラム教の中でも虐げられてきたシーア派の内情が描かれている。

とにかく濃い。ドストエフスキーの10倍くらい濃い。ドストエフスキーポリフォニーで定式化したバフチンがこれを読んだら卒倒するんじゃないか?

そして今まで読んだどんな小説よりすごい。こんな面白い小説読んだことない。

上手くいえないが源氏物語高野聖雨月物語を掛け算して煮詰めた感じ。

宮廷小説であり、怪異談であり、世界や宗教や科学も論じている。

物語の構成でいえば、閉じた空間で世界が深く洞察されていくという点で、しいていえば大西巨人神聖喜劇』との親和性が無いことはない。それとても、登場人物のスケールや物語の意外性、奥行きが違いすぎる。

舞台は絶対王制と啓蒙主義華やかなりし18世紀前半。この時代の空気が濃く、細かく描きこまれているので時空を一気にトリップする。

主な舞台である18世紀前後のイベリア半島とは。

キリスト教徒、イスラム教、ユダヤ教その他が混淆している。

 ・上流貴族で幸福な家庭生活を送った者は極めて少ない。

・ロマや潜伏ムスリムなど国家に捕捉されない集団が多数いた 。

これらの実態が余すところなく書き込まれている。

登場人物も数多いが、その全てが半端なく尖っている。どんな小説にも出てこない人物が次から次へと表れて、斜め上をいく事件騒動を起こしまくる。

そして話のスケールがでかい。人物たちのエピソードはスペイン、イタリア、中近東、メキシコを横断して物語られる。当時のスペイン人貴族は本国と中南米を行き来するのが当たり前だった。また、ムスリムの支配層は北アフリカからペルシャを旅して見聞を広めた。ポドツキは自身の体験をもとにこれらを詳細に描いている。

背景のスケールのデカさと対極に、メインの物語はシエラ・モレナという幽谷のきわめて閉じられた空間で展開していく。そこでおこる怪異談の数々と結末のドンデン返しがまたすごい。ネタバレ絶対ダメ。

あと、物語の本筋に回収されない、主要人物とは関係ない余禄みたいなエピソードが過剰に挿入される。その一つ一つも卒倒するくらい面白い。

ポドツキはたぶん自分もその一員だった超上流貴族の悲哀と啓蒙主義への皮肉を描きたかったんだと思う。そして幾何学への言及一つとってもその内部に完全に入り込んでるところがすごい。一方でジプシー(ロマ)や潜伏ムスリムへの視線は限りなく優しい。

私は登場人物の18世紀の騎士たちのような生き方がしたい。誇りのために決闘を厭わなかった人たち。 それは中世日本の武士のも通じる。 昔の人って美しい生き方をしてたと思う。

皆さん私の事を過激派だと思ってるかもしれませんが、根はめっちゃ保守的。 礼儀礼節、仁義を重んじる。 だから中世の人々に憧れるのかもしれない。