時空自在

タンジールから中国へ・そして帰還

22世紀の本土決戦 ①逡巡

 22世紀、人間が人間を攻撃する戦争は禁止されたが、替わりにドローンや無人機械が都市や家屋を破壊する事で人間を殺したので、人類の覇権争いの手段としての戦争は無くならなかった。

 上空で核分裂を人為的に起こす行為も禁止されなかったので、過去先進国と呼ばれていた都市の大半は灰燼と帰し、消滅した。旧先進国はどの国も、人口が減少に転じ始めた20世紀末から破滅を約束されていたが、過去の栄光に縋ろうとする試みは、西欧対ロシア中国の絶滅戦争を招来したのだ。

 絶滅戦争に勝者はなく、コロンブスアメリカ「発見」以後600年間続いた白人優位の世界支配は終焉した。

 ヨーロッパ、北米、東アジアは無政府状態となり、民心とは無縁の勢力が、民族や宗教や既得権を「大義」として無人兵器で殺しあった。生きる場所を求める人々は北半球を離れ、産業が維持されているインド、アフリカ、南米に渡った。移住先での生活は困難を極め、移民達は犯罪者の烙印を押された。

 

 アキラは17歳、幼少の頃の東京への核攻撃で両親は行方不明なままだ。現在は日本を分割している二大武装勢力の片方、「日本民主主義人民共和軍」に参加する少年兵だ。少年兵といっても21世紀までの戦争のように小銃を持って戦闘するのではなく、シェルターの中でモニターを見ながら機械兵器を操縦するのだ。ただし、少子高齢化が極限まで進んだ日本の事なので、軍の構成員の大半は中高年、最高司令官は89歳なのである。

 男女平等を謳う共和国軍には女性兵士も多く、女性兵士も大半は中高年だった。そうした女性兵士達は昇進の男女格差や、稀に存在する少女兵士に対するグラビアアイドル的な扱いに不平を言った。アキラは18歳の少女兵士アイと付き合っていたので、二重に危険だった。男性グループからも女性グループからもやっかまれる可能性があったからだ。

 アキラは他の少年と同じく15歳で徴兵された。居住区の人口動態が厳しく管理されているので徴兵を免れることは出来ない。アキラの同学年13名中で軍に入らずに済んだのは偏差値上位の2名だけだった。そいつらは将来文民登用が約束されている高等学校へ進んだ。

 1学年上のアイも徴兵されていた。ここでは男女平等なのだ。アキラとアイは演習で出会い、それから誰にも気づかれないように2人で会っていた。

 アキラもアイも状況を罵り、軍への愚痴を言い合う事で共感を得ていた。

「いつかここを出たい」が2人の口癖だった。でもそれを決して他人に聞かれていけない。それは営倉入りの対象となる言動で、敵前逃亡は兵士にとって重罪で、ここは軍隊だったのだ。「軍隊内改革」とやらのおかげで、上官による兵士への体罰は厳禁されていたが、だからといって処罰が無くなるわけではないのだ。

 

 ある非番の日、アキラとアイはシェルターの中心から遠く離れた迷路のような隘路の突端に来た。行き止まりの壁には大きなハンドルが据えられたハッチがある。ハッチのロックは中央管制室で管理されていて、もちろん開かないはずだ。

「もしこいつが開いたらな」

 冗談半分でアキラがアイにそう言いながらハンドルに手をかけた。

 ハンドルが動いた。

「え?」

 顔を見合わせた2人に緊張が走る。外に出たい願望はあっても、勝手に出たらどうなるか2人とも嫌というほどわかっていたからだ。兵士の手首には自分では外せない認識票が嵌められ、GPSで居場所がすぐわかってしまう。改革のため、軍隊内の死刑は廃止されていたが、屋外いたるところに張り巡らされた遠隔カメラとレーザー砲によって逃亡兵は殺され、書類上は事故として処理されるのが常だった。堅固なシェルターが敵の攻撃で破壊される事はなく、アキラが徴兵されてから2年たつが隊内の戦死者はゼロだった。欠員がたまに出るが、それはこのような「事故死」か、自殺のどちらかだった。

 2人は逡巡したが、アイも手を重ねて、ハンドルをゆっくり回した。

 ハンドルが何回転かする間に、そのように欠員として処理されていった死者の事を思い、出口を塞がれたシェルターでの毎日を思った。モニターの前に座っていればそれでよい毎日。戦果を挙げれば上官から褒められ、食料もある。でも、選択肢がなかった。そこにいる誰もがそうだったように、そこ以外で生きる事が出来なかったのだ。

 

 ついにハッチが開いた。

 そこは丘陵地帯の中腹だった。眼下に一級河川とおぼしき川が銀色に蛇行している。丘を下りきった平地には破壊された建築物がどこまでも広がっていた。どこかで鳥がさえずっている。

「本物の鳥の声だ」とアイ。

「久しぶりだな」

「鳥には戦争はないのね」

 アキラはアイの言葉を、これが平時だったら何をわかりきった事を言うんだと馬鹿にしただろうと思った。今、2人には鳥にとって当たり前の自由すら無い。

 2人はハッチから半身乗り出して大きく呼吸した。太陽と空を直かに見るのは何て久しぶりだろう。僕らの本当の居場所はどこなのか? それが空の下、大地の上なのは考えなくてもわかる。地下にずっと籠るのは、まともじゃない。

「どうする?」アイが訊いた。

 ハッチから1メートルでも離れれば、GPSが本部に2人の異常を知らせるだろう。そうなったら誰も2人を説得などしてくれない。何年も膠着した戦線の、閉塞感に満ちた部隊の中の事故として、誰に騒がれる事もなく処理されるだけだ。

「俺と死にたい?」

 アイがうなずいたなら、一緒にシェルターを出よう。そして一緒にレーザーに焼かれるのだ。アイは空を見上げて、大きく息を吸って、吐いてアキラをじっと見た。

「死んじゃだめ、まだ」

 太陽に照らされ、鳥が囀る中で2人は長いキスをした。だって、今度いつ空を見られるかわからないから。

 長いキスの後、ハッチを閉じて2人は地下に戻った。

 

(続く)

 

 本作はフィクションです。20世紀後半から21世紀にかけての先進国の人口減少と、第二次大戦後世界各地で続いた戦争の記録、「失われた30年」と呼ばれる平成から令和にかけての日本の経済的凋落と閉塞感を無作為にアナロジーして物語にしています。