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ハーバード・スペンサー ファンダメンタルな自由思想

ハーバード・スペンサーを読んでいる。

 

スペンサーは19世紀イギリスの哲学者で、一般的には社会ダーヴィニズムの提唱者として知られる。ダーウィンの進化論のアナロジーを展開している箇所は本書には見当たらないが。それよりも、小さな政府を主張し、個人が出来るだけ干渉を排除された状態での自由を理想とする自由思想の側面が強い。リヴァタリアニスムの元祖ともいわれるゆえんだ。

 

スペンサーを読もうと思ったきっかけは、ツイッターの投稿で引用されていて興味を持ったからだが、その投稿自体はどういうものか忘れてしまった。私には、興味を持った本を積ん読にしておく悪習がある。さてところが積ん読から掘り出して読み始めるとこれがなかなか面白い。

以下、ちくま学芸文庫『ハーバード・スペンサー コレクション』(森山 進 編訳)に所収されている「社会静学」(抄)から引用しつつ、自由思想の本質に触れてみたい。

 

 「神は人間の幸福を望んでいる。人間の幸福は人間の能力の行使によってしか生み出せない。すると神は人間がその能力を行使することを望んでいる。

(中略) しかし人間が自らの能力を行使するためには、その能力が人間に生まれながらにするように強いている、すべてのことを行う自由を持っていなければならない。すると神は人間がその自由を持つことを意図していることになる。それゆえ人間はその自由への権利を持つのだ。

(中略)カトリックの国のプロテスタント教徒が、聖餐式のパンの通過にあたって脱帽を拒んだとしてみよう。ある感情の要求をこうして拒んだことによって、彼は観察者たちを不愉快にさせた。…しかし悪いのは彼ではなくて、腹を立てた人々の方だ。彼が自らの信仰に従ってそのように行動したのが悪いのではない。

(中略)苦しみは誰かが引き受けなければならない。問題はそれが誰かである。あのプロテスタント教徒は、カトリックの隣人たちの不寛容な精神を悩ますことを避けるために、自分が崇敬しないものへの崇敬の念を示し、事実上嘘をついて、自らの良心の感覚に暴力を働くだろうか? それとも自らの独立と誠実さを優先させて、不健康に頑迷な彼らを怒らせるだろうか?

これらの選択肢の間で迷うことはできない。そしてここにこそ問題の核心がある。…後者の状況では苦痛は有益だ。なぜならそれは、その形態への接近を助けるからだ。

(引用注:形態とは正常な能力が強力なままで、異常な能力が弱まるか、正常なものになる状態のこと)

 

長く引用したが、これがリヴァタリアニズムの元祖スペンサーの思想で、いわば真正自由主義ともいえよう。引用箇所をスペンサーは「自由は他の自由によって以外は制約されない」と結ぶ。日本人が口にしがちな「自由は義務を伴う」とは根本的な考え方が違う。

 

引用しばし。

 「人は自分の諸能力を行使する自由を持っている、と宣言する以外の選択肢はない。この自由がなければ神意の実現は不可能になるのだから」

 自由とは神意、これが元祖自由主義の思想。多くの日本人は自由とは我儘であり、義務によって補正されると勘違いしていないだろうか。

まあ、スペンサーは救貧法を否定するような極端な小さな政府論者であり、社会民主主義的な考えとは相容れないので、あくまで参考のため読んでいるが、ファンダメンタルともいえる自由思想には惹かれるものがある。

 

ところで「社会静学」第一法則の核となる「自由とは神意である」について、 森山進訳では神意が原文ではDivine Ideaであると付記されている。 なるほど、神の意思ではなくディバイン・イデアなのね、とすごく腑に落ちる。

ちなみに、和英辞典で神意を英語で調べてみると divine willか God's willとなる。 日本語で神意とは通常は神の意思と捉えるのでまあそうなるだろう。 ではwillとideaの差は何だろうか? 日本語にもなっているアイデアではなく、語源であるギリシア哲学のイデアだと考えるとしっくりくる。

イデアを真善美と言うと長いので理想としよう。 ではDivine Ideaは「神の理想」と解すべきか?キリスト教文化圏では自然な発想かもしれないが、19世紀における人間の自由の考察が「神」を上位概念におくのはちょっとズレているような気がする。 では、「神聖な理想」はどうか?あるいは神聖転じて「不可侵の理想」というのは?

 

こうなってくると天賦人権の天賦と親和性がでてくる。 で、腑に落ちたというわけ。 「社会静学」第一法則に戻れば 「自由とは不可侵の理想である」

 

自由とは不可侵の理想である。

 

よくないですか?

 

もちろんアマチュアの考えなので誤りがあれば訂正くださいませ。

 

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